FW:ハワリンバヤルの悲しみ

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2010年のハワリンバヤルが5月2、3日に行われました。モンゴルからの大笑いコンビの「発言」に来場された多くのモンゴル国以外で暮らすモンゴル人が強い憤りを感じたのではないかと思います。ハワリンバヤルの開催期間や終わった後でも多くの後輩達から話しを伺いました。  
ハワリンバヤルは10年近く前にモンゴル国のある大学の学生達を中心に、日本人の方々の応援の元で始めたと聞きます。それが、現在日本で最大規模のモンゴル祭りとなり、多くのモンゴル人が自分達の文化を多くの日本人や他の国々の方々に広める場や交流の場となっています。何年か前に、中野駅の近くの小さな公園のステージでHARANGA HAMTALAGが歌い、わずか何十人のモンゴル人が歌いながら踊っていた時よりは随分と大きな祭りになりました。長年ハワリンバヤルに関わった日本人の長老は私に「ハワリンバヤルをグリーン祭りにして、将来モンゴルからの留学生が帰国後、モンゴルの自然保護に役に立てたい」「モンゴルからの留学たちにハワリンバヤルの運営を通じて、仕事の取り組み方法を教えてあげたい」と意気込みを語ったことがある。
ハワリンバヤルは確かに成長した。それは多くのモンゴル人や日本人の努力の賜物であります。  
しかし、大切な祭りのステージには大笑いコンビは言う「ハルハ人だけが純粋なモンゴル人である」「ハルハ人だけは純血なモンゴル人である」「チンギスハンの純血を持つハルハ人だけに挨拶する」私は耳を疑いました。私は周りを見ました。凍りついた友人が隣にいました。私は怒りを感じ、ステージから少し離れた机のところに退いた。既に何人かのチャハル人やボリヤド人やオイラド人がいました。  オイラド人のAさんが言う「こんな知識の乏しい人の発言を気にするな」と手元のビールを一口飲みました。  
もう一人ボリヤド人のBさんが言う「モンゴル文字も書けない人にモンゴル人じゃないと言われたくない」  年配の内モンゴル人のCさんが言う「共産革命以降、モンゴル国ではモンゴル語をサラブ文字で表記し、多くのモンゴル人の歴史が若者達に伝われていないからしょうがない」  私達が話している最中に祭りを長年楽しんだDさんとEさんがステージから退いてきた。  チャハル人のDさんは言う「こんな祭りに二度と来ない」と憤りを露にした。  
モンゴル国からのEさんが続いた「お笑いコンビは恥を知って欲しい、多くのお客さんがいるのに酔っ払っているんだよ」「モンゴル人の恥だ!」「こんな話しをウランバートルで言ったって、馬鹿だと言われる」  私は「同じ民族、同じ宗教を持つ人々をも受け入れられない閉塞な考えを持つ人(大笑いコンビ)がモンゴルの若手芸人を代表して、ハワリンバヤルのステージに登場するのが相応しくない」と思いました。  その時に、4年前にHURD HAMTALAG がハワリンバヤルでコンサートをやった時の一幕が頭に浮かんだ。 HURD HAMTALIG が叫んだ「内モンゴルのファンの皆さんを愛しているよ」会場では60%を占める内モンゴルの若者達が沸いた」。  
皆さんはどう感じたでしょう。     ガンドシ               


悲しいお話を転送しました。ついでに、ボクはモンゴルの中のチャハル人です。
 この歌でRelaxを
True Colors

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FW:ハワリンバヤルの悲しみ への1件のフィードバック

  1. kazunori より:

    いい勉強になったよ。日本にもアイヌや琉球といった民族があるのに少数派は意識されておらず、問題は大きくなっていない.問題になるのはそれぞれの民族が対等に扱われているから、とも見える。結論はないな…

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